『オーシャンズ12』
スターを多数起用しながら「スター映画」である事を拒否し、結果として小粋な犯罪映画の傑作となった『オーシャンズ11』の続編。今回は前作のストイックな針路を維持しつつも、更に「スター映画」でもあろうと欲張ります。残念乍らその試みは、作品に散漫さしかもたらさなかった模様ですが....。
「ベネディクトの金庫を破る」という特定の目的の元に、それぞれの特技を頼みに集まった11人に、しかし今回はその特技を活かす舞台は用意されません。仕掛ける側ではなく仕掛けられるターゲットとなってしまった彼等には、綿密な作戦の元個々の技量を活かすという余裕が与えられる訳もなく、その場その場の難局を場当たり的に切り抜けるのが関の山。彼等をつけ狙う存在とその背後に見え隠れする者が明らかになる映画中盤に至る頃には、前作の持っていた「犯罪映画」のトーンはすっかりなりをひそめ、映画は典型的ヒチコック風巻き込まれ型サスペンスの顔を露にしています。
・・・となれば、脚本と演出に求められるのは、普通の犯罪映画以上に緻密でトリッキーな構成力、という事になります。殊に、前作が敵役ベネディクトと共に観客まですっかり騙しおおせた『オーシャンズ11』ともなれば、今回は同じ11人が再び鮮やかに難局を切り抜け、敵を出し抜いた爽快感を映画にもたらしてくれるまで、一時も休まず観客の鼻面を掴んで引き回す必要が出てきます。
残念乍らその部分には、今回ソダーバーグ監督は余り注意を払わなかった様です。その代わりに彼が採択したのは、登場するスター達のじゃれ合いや内輪ネタを映画のそこかしこに埋め込み、本筋から観客の意識を外してしまう手法でした。
前作のキャラクターに寄り掛った"ロスト・イン・トランスレーション"な遣り取りや何の意味も無いイェンの"単独行動"、彼等の「洒落てはいるけれど何も情報をもたらさない」会話をストーリーの端々にまき散らす一方、役者達そのものに言及した内輪ネタのみで丸々一場面を展開してみせる。前作ではきっぱりと排除してみせたアプローチが、ここでは「ミスディレクション」の言い訳の元に復活してしまっているのです。
落語家が自分で笑ってしまう落語ほど見苦しいものもありません。本作『オーシャンズ12』には、そうした見苦しさが映画のあちこちで自己主張しています。終盤に至ってそれらが「観客の気分をオーシャン達の"本当の計画"から逸らす為」であったと判明したからといって、それまでに味わわされた白けた気分がぬぐい去れる訳でもありません。
スターの御威光に頼らずともソダーバーグの作り出したキャラクターは充分に魅力的で、プロットもまた丁寧に正面から構築して行けば充分に観客を驚かせ良い気分にさせてくれるものになる筈でした。後はただそれらをその通りに画面に定着させて行けば良かった筈なのです。丁度前作『オーシャンズ11』がそうであったように。
もしソダーバーグと役者達に本作を作らせたのが「前作の同窓会気分」で、製作現場にまでそれが持ち込まれていたのならば、それは却って前作を、引いてはソダーバーグ自身が過去に気付いてきた「良質な映画作り」を冒涜するものではないだろうか。そうした嫌な後味と不審感を抱いたまま劇場を出る事になったのは残念です。
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