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May 30, 2005

『コーヒー&シガレット』

『ミステリー・トレイン』公開時に併せて紹介された2本の短編が、他の8編を加えた連作として再登場してくれました。ジム・ジャームッシュ監督の"新作"は、これまでの一連の長編映画と同様、繋がりそうで繋がらない人々の、放り出された心の有り様を、独特の可笑し味と共に描き出してくれます。

コーヒーと煙草を共にする人々の対話を主軸に据えながら、しかしここで紹介される物語は全て、そこで得られる筈の"親密な空間の成立"から頑に身を引き続けます。

相手に踏み込もうとする欲求と身を引こうとする本能。彼我の格差を殊更に意識するが故に自ら作り出してしまう壁。勝手に作り出した相手の人物像が裏切られた事による戸惑い。と、それはさながらディスコミュニケーションの展覧会の様。

そしてそうした彼らの振舞いを鳥瞰しながら、観客である我々は気づかされる事になります。彼らは、テーブルを挟んだ相手に話しかけながらも、結局「自分」を気遣う事に終止している。相手を知るのではなく自分を相手に"より良く"理解させようという欲求が支配する場には、確かに"親密さ"の成立する余地は無いでしょう。

人が人と判り合うというのはそう簡単なものではなく、親密さを獲得するにはそれなりの努力と時間と心構えが必要なのだと、過去の一連の作品で同様のシチュエーションを創り出して来たジャームッシュ監督は、ここで改めて確認している様にも思えます。

結局の所、一杯のコーヒーと一服の煙草を手にした時、人は「対話する相手」を必要としないのかもしれません。誰かと会い話し理解を深めるにはもっと適切な方法がある。その前にまず我々は、「対話を求める自分自身」について、より理解を深め把握しておく必要があるのでしょう。

一連の物語の中で、最も年若い二人と最も年配の二人の間に交わされるひとつの言葉、「地球は一個の振動共鳴体である」は、この連作全体の主題としても機能しています。ジャームッシュ監督が映画の為に不協和音ばかりを選び出したのは、正直に世の実相を見据えて来た彼の諦観であると同時に、適切な意思と手順を踏みさえすれば、それは美しいハーモニーを奏でもする筈だと言う希望の裏返しの様にも思えました。

本業ではないミュージシャン達も含めて、出演者はいずれも魅力的。T.ウェイツやS.クーガンがエゴの為に自滅する様は、なかなか楽しい見物でもあります。ややオーバーアクトとはいえ一人二役を演じたK.ブランシェットの演技力はやはり流石でした。

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