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August 27, 2005

『ヒトラー 最期の12日間』

意外にも思えますが、これまでドイツ国内でアドルフ・ヒトラーの人物像に迫った映画は殆ど作られなかったとの事。"怪物"は"怪物"のままにしておきたい、という戦後ドイツの(ある種の)逃避意識がタブーを作り出してしまったものでしょうか。

タブーを意に介さず製作された本作は、一人の女性秘書の目を通して、陥落寸前のベルリンにおける(則ち自死を待つばかりの)ヒトラーの姿を暴き出します。それは強固に築き上げた"幻想の城"の中で、剥がれ落ちて行く幻想を守ろうと躍起になる、哀れとも無様とも見える老人の姿なのでした。

強大で無敵の第三帝国はいまや過去の数年間にしか存在せず、現実のそれは広げ過ぎた手のあちこちで綻び擦り切れ、補給を断たれ移動もままならない名前だけの軍団が右往左往するのみ。どれだけ気勢と金切り声を上げても付き従うのは実行力を失った側近のみという状況下で、この老人は、自分の夢想と共に自滅する道を選びます。

彼に従う側近達にしても同様。彼等は自分達が信奉し心酔して来た理念と夢想が、単に"理念の皮を被った単なる言い訳"であった事、"数々の欺瞞を撚り合わせて出来上がった夢想"であった事を、認めるだけの勇気は持ち合わせていません。過ちを認める事は膨大な罪を引き受ける事であり、彼等はそんなものを今更引き受けるよりはと、「理念と夢想が力及ばず崩壊する」という滅びの美学を、事ここに至ってまでも"夢想"し、それに殉じる事で、自らの過ちから躍起になって目を逸らそうとするのです。

地下壕深くで玩ばれる妄想と、その結果更に凄惨を極めて行く壕の外の現実の対比が、この映画において最も力を入れて描かれた部分で、それが本作を、単なる一人の独裁者が自滅して行くだけの実録から一歩抜け出した存在にしてくれています。人物の配置やその言動に関しては記録に忠実に従いながら、映画はそれらの人々を、「あくまで夢想のうちに歴史を終わらせようとする者」と、「ひとつの夢が終わっても更に歴史が続いて行く事を知っている者」とに、ベルリン陥落が近づくと共にゆっくりと二分して行きます。

そうした人々を描く事で映画は、単にアドルフ・ヒトラーという一人物の末路を捉えるに留まらず、自身の引き起こした事態に如何なる決着をつけるか迫られた人々の、それぞれの決断のドラマとして纏め上げました。映画も後段に至っては(邦題とは裏腹に)ヒトラーも又単なる群像の中の一人でしかなく、妄想に殉じる他の者達と大同小異の存在。妄想を守る為に実弟を見殺しにしたエヴァ・ブラウンや我が子を手にかけるゲッベルス夫人に比べれば、その狂気と臆病さの度合いはむしろ低かったのかもしれません。

映画の最後に登場するのは、存命する女性秘書の現在の姿。役者ではなく本物の彼女のインタビュー映像で語られるのは「目を逸らしてはいけない」の一言でした。その言葉は、彼女の立場からはヒトラーという"怪物"を看過した事への後悔が発したものかもしれませんが、それを受け止める我々と映画の製作者達にとっては、もうひとつの意味を持って迫ってきます。

ヒトラー一人が"怪物"だった訳ではない。時節と状況が許せば、誰でも"怪物"の位置に立つ可能性があり、その立場に溺れてしまえる程には人の意思力というのは脆弱なもので、人の熱狂は無軌道なものなのです。

地下壕で喚き続ける鬱屈した老人と、それでも彼を祭り上げようとする周囲の人々を描き出す事で、映画はその事実こそ"目を逸らしてはならない"大事な事なのだと主張している様に感じました。怪物は怪物として生まれるのではなく、常に我々自身が怪物を仕立て上げ続けているのだ、と。

オリバー・ヒルシュビーゲル監督は、記録に振り回される事無く多くの登場人物を印象づけ、一方で大規模な市街戦を迫力十分に描き出す、かなりの力量を持った監督。題材から敬遠していた『es』に興味が湧いてきました。

余りにも"似過ぎている"為に物議を醸したブルーノ・ガンツも噂通りの好演。劇場の合間に見せる彼の疲れ切った眼差しが、40年後のベルリンを舞台にした別の映画で彼が見せたそれとそっくり同じ事に、時折ほっとさせられました。

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