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August 09, 2005

『エレニの旅』

現代史における対立と混乱の端緒とも言うべきロシア革命から始まり、911テロを経た後のニューヨークに至るという、テオ・アンゲロプロス監督の新たな三部作。世界を視野に収めつつも常に祖国ギリシャを中心に据えて語り続けるその1作目は、近代ギリシャが辿って来た歴史の全否定から始まります。

河の流れにただ流される如く歴史に翻弄される主人公エレニの目から見た世界は、大義と主張と情熱が作り出す悲劇の連鎖でしかありません。その大義が正しくあればある程、また情熱が純粋であればある程、それが揺り動かす世界と歴史は、より一層の痛ましい出来事となってエレニと彼女の周囲に降り掛ります。

その様な世界を通してアンゲロプロス監督は、20世紀の我々が陥ってしまったひとつの大きな欺瞞を暴き出します。"より良きもの"を目指しそれぞれに苦闘を続ける事は、実は目指すものの実現には全く貢献しない。それどころか、苦闘の末にどこかの誰かを必ず傷つけているのだ、と。

純粋な愛故の行動は一族を破滅させ、ボヘミアン的理想郷は墓標の列を作り出し、信念を奉じた闘いは肉親が持つまた別の信念と真っ向からぶつかり合う。新天地への羨望は慈しむべき何かを振り捨てる事でようやく成就し、何一つ成し遂げる事もなく終着点に至る事になります。

そのような"愚行"とも言うべき事どもの集積を描き出しながら、アンゲロプロス監督はしかし、そうした行為に及ぶ人々の心の裡については、決して否定する事はありません。愛し慈しむ事以外の何も知らない主人公エレニを初め、音楽と演奏に形の無い希望を見出そうとする夫アレクシスと演奏家達、互いに銃口を突きつけ合う事になる息子達、果ては妄執に捕われた義父スピロスや石もて彼女を追った故郷の人々に至るまで、監督は(彼等のそうした行為が如何に愚かなものであろうと、)彼等を突き動かした衝動や感情に分け入り、その全てを受け入れようと務めるのです。

それは則ち、過去100年のギリシアが、ひいてはギリシアを含む世界中が行って来た「狂騒」を受け入れる、という事に他なりません。アンゲロプロス監督は、過去100年を愚行と断じ、かつ愚行の当事者すべてを肯定し慈しむ事で、世界と歴史を丸ごと受け止める覚悟を求めようとしている様に感じました。

エレニと我々を運ぶ大河が全て一滴の涙から出来上がっているのなら、それを認めその根源を確かめる他に大河の流れ込む先を測る術はありません。21世紀に至ってアンゲロプロス監督が新たな3部作を始めるに至っての、それは決意表明でもあるのでしょう。

・・・それにしても、この映画でアンゲロプロス監督が達成した美術には驚嘆させられます。冒頭の、まるで水上を歩いて来るかのような流民達、まるで最初からその様に設計されたかの如く見える水没したニューオデッサ、白布の丘に築き上げられたコロニーが醸し出す生活感と儚さと逞しさ。風景の力と時間軸を得て"映像で物語る"、映画が為し得る美術のひとつの到達点に、本作は達したのでは無いでしょうか。

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Comments

杉山さん、こんにちは。

この作品とは関係ない話で申し訳ないのですが、以前の映画タスキのコメントにTBした時エラーになって、今回この発言にTBするついでにやり直そうと思っていたら、以前の分も成功していたみたいで、二つ表示されていますね。f^_^;;

どうしたら直せるのかよく分りませんので、お手数ですが、目障りなら削除して下さいませ。m(_ _)m

で、話をこの作品に戻しますが、あの村自体が全てセットだってことは御存知だと思いますが、ホント凄いですよね。

Posted by: シューテツ | August 13, 2005 11:41 AM

シューテツさん、こんにちは。杉山です。
TB重複の件、了解です。どうも私自身「トラックバック」という物を良く判っていないもので、これを期に以前重複していた分(と本文中の恥ずかしい間違い)を纏めて修正させていただきました。

ニューオデッサの町は、『こうのとり、たちずさんで』でも使用した人造湖(なんでもこの時の撮影の為に小型のダムを作ってしまったそうで)に、物語の展開に合わせて水を満たしつつ撮影していったとの事、安直な合成では出せないカメラワークの自由度と映像の奥行きを味合わせてくれました。

シューテツさんはご自分の映画評では「古典的ギリシア悲劇のカタルシスを感じさせる」と書かれていましたが、そういえば映画の終盤、ヨルゴスの亡骸を擁するかっての屋敷は、それこそギリシアの古代遺跡の様にも見えたのでした。単なる悲劇に留まらない芯の太さを感じさせる映画ですね。

Posted by: olddog | August 13, 2005 06:36 PM

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 映像の美しい作品でした。"まったりとした"という表現がピッタリの書法で、本当に二十世紀初頭の風景を映し出したのではないかとまがうばかり。 [Read More]

Tracked on August 12, 2005 07:42 PM

» 『エレニの旅』 [咆哮]
鑑賞媒体(OS劇場C.A.P) *ストーリー説明及びネタバレなし。 映画は第七芸術なんていわれているけど、この作品を見るとその映画の枠までも飛び越えて、「これは第八芸術か!」なんて思ってしまった。 アンゲロプロスの作品群を振返ってみると今更驚くことではないのかも知れないが、私の側がこの人の作品を受け入れられる下地がやっと出来つつあるということなのかも知れない。 この作品の説明を敢てしようとは思わない。しかし�... [Read More]

Tracked on August 13, 2005 11:21 AM

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