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December 31, 2005

『エリザベスタウン』

人生に時に(そして大抵は突然に)訪れるクライシスを癒すのは、結局は日々の営みを積み重ねる事だけなのでしょう。改めて日常と向き合う事で人は、そこに驚く程の喜びと美しさが宿っている事に気付き意外に思ったりするものです。そうした再発見を掬い取り、観客に少しだけお裾分けしてくれるのが本作『エリザベスタウン』です。

ともかく登場する人々全てが皆素晴らしい。失意の青年ドリューと傷を隠し持った女性クレアの二人は言うに及ばず、まるで「わんぱくデニス」の世界をそのまま再現したかの様なエリザベスタウンに生きる人々、エリザベスタウンを離れたドリューを取り巻く人々の皆が、それぞれが独自に歩む人生と、そこから見出される輝きをさりげなく、しかしはっきりと画面に焼き付けて行きます。

彼等の生活に接する事で、ドリューは日々の営みの中にどれほどの価値と喜びを見出せるかを再認識し、自らもまたそうした営みを構成している一員である事に気付かされます。その認識を経て彼はようやく自らを肯定し、その先に足を踏み出す事が可能になるのです。

彼が映画の序盤でどうしても発見できず、必要なくなった時に忽然と出現する「ルート60B」に至る道は、普段気にも留められないけれどとても大きな価値を秘めているものの象徴でもあるのでしょう。

そうしたドリューの再生と、再生を促した諸々を示す事で、映画は観客である私達にも、私達の周囲に満ちている"日常"がもたらす喜びに気付く様、さりげなく(しかしはっきりと)促していきます。

人生に意味を見出すのは人生の主たるその人自身にしか出来ない事で、それに気付く為の契機は人生の全ての瞬間に用意されている。そんな当然ではあるけれど中々気付き難い事を、映画はドリューと彼を取り巻く人々の物語を示す事で、強烈な説得力を以て提示してくれました。近年これほどストレートに力強く歌い上げられた"人生賛歌"は珍しい。

大予算に裏打ちされたスペクタクルの影で忘れられがちな事ではありますが、練り込まれたプロットとダイアローグの相乗効果によって「良質な"物語"」を提供してくれることも又ハリウッドの特色のひとつ。そしてその中でも、キャメロン・クロウ監督は間違いなく現代ハリウッドで最も優れたライター/ディレクターの一人でしょう。

映画の冒頭、返品された製品を山と積んだトラックが到着するファーストショットから、ドリューが自分の雇い主(A.ボールドウィン演じる"自信を喪失した自信家"が見事)までの、モノローグと台詞とそれらが欠如した"無言の瞬間"の相乗効果は素晴らしい。どこか彼が心酔するB.ワイルダー監督の『麗しのサブリナ』を思い起こす様な状況説明と、ドリューの混乱した心情を一度に提示し、同時にキャラクターそれぞれに愛着まで抱かせてしまう手腕は流石。

そうしたクロウ監督の「愛情に裏打ちされた技巧」はその後も名場面を幾つも生み出します。ドリューとクレアの夜通しの長電話が遂に"語り尽くす"事で終了する場面が生み出す心地良い充足感、数々の味わい深いスピーチ(勿論その白眉はスーザン・サランドンの披露する辿々しいタップダンス)と、それが一転会場の大火事に転じてしまう父の追悼集会、劇中の子供達どころか観客までも固唾を飲み思わず見入ってしまう「人の話を聞くレッスン」はそれぞれに忘れ難い。

そして、そうした様々な名場面が、決して突出し映画の枠からはみ出す事無く、総体としてひとつの絵を形作って行く点が実に見事。早熟過ぎる程に早熟だったクロウ監督は今、熟練者の技巧と若者の情熱を併せ持った、最も理想的な立場で物語れる立場にあるのでしょう。

そうした監督の技巧と情熱の相乗効果は、言うまでもなくドリューがエリザベスタウンを離れるその時から頂点に向かって走り始めます。音楽と一人旅が好きな者なら誰でも一度は思い描いた筈の、現地の写真と気の利いたコメント、そしてぴったりのBGMを満載した「エリザベスタウンからオレゴンへのロードマップ」。それは只の地図ではなく、地図を作った者の人生を丸ごと閉じ込めた感動的な"作品"でした。

ドリューと私達はその地図を辿りながら、クレアの隠し持った理想と希望と少々の臆病さを感じ、また、ケンタッキーからオレゴンに至る道中で出会う者全てが、クレアと同様にそれぞれの希望を込めた"輝ける日常"を伴っている事もまた知る事になるのでした。

地図は観客の期待通り、オレゴンではなく"目を向けるべき現実"へとドリューを導き、映画はそこで終わります。私はそこで、映画『エリザベスタウン』自体が、暗鬱な世界からより美しい世界へと、観客を連れ出すロードマップとして機能していた事に気付きました。長い旅の末に「我が家が一番」と思う時、我々は「我が家」への認識を気付かずに一変させてしまっています。『エリザベスタウン』は観客の足を一歩も動かす事無く、それと同じ事を達成してしまっていたのでした。

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Comments

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Posted by: campervan hire | February 20, 2015 08:48 PM

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