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December 25, 2005

『ブラザース・グリム』

中世ヨーロッパが舞台の幻想譚、しかも有名なおとぎ話を題材に持つ物語となれば、テリー・ギリアムが監督候補に上がるのも無理からぬ所、しかし本作『ブラザース・グリム』は、ギリアム監督とは絶対に相容れない、ある致命的な一点を抱えていたものの様です。

"Time bandits"から『バロン』に至る初期3作でギリアム監督が描いたのは、幻想の力が現実の力を打ち負かし、時に過酷で冷酷な現実に否を唱える姿でした。両親の焼死をイマジネーションを駆使して乗り越えるケヴィン少年や、誰の手も届かぬ妄想の領域に永遠に逃げ延びる下級官吏サムの姿からは、現実以上に幻想の力に信を置くギリアム監督の主張が明晰に見て取れます。

その後の彼の(余り豊穣とは言えない)フィルモグラフィーを追ってみても、同じ主張はそこかしこに現れます。たぶんギリアム監督は、システマティックな現実社会を一種の仮想敵と捉え、そこからの逸脱を繰り返し描く事で、システムを超越し得る筈の「人の持つ意識の力」を肯定し続けようとしているのでしょう。

『バロン』のミュンヒハウゼン男爵に至っては、自身のホラ話を"語り続ける"だけで、現実のトルコ軍勢を敗走させてしまう有様。そして、現実にはあり得ないその様な展開を無理矢理にでも成立させてしまう、特異なビジュアルセンスと独特の諧謔を込めた話術こそが、ギリアム監督の持つ最大の武器であり、これまでの彼は、その武器を十二分に駆使して主張を押し通して来たのでした。

一方で今回の『ブラザース・グリム』の世界、中性ヨーロッパに生きる詐欺師兄弟の世界には、魔女や人狼の存在にも関わらず「幻想の領域」が全く存在しません。この映画の中にいる異形の者達は、人の心から生み出されたものではなく、一風変わってはいるけれども間違いなく「実在するもの」の領域にいるのです。

つまりこの映画は「魔女や人狼に代表される異形の者達のシステム」と、「近代的フランス軍に代表される合理的精神が形作るシステム」の両者が拮抗する世界であり、そこにグリム兄弟の想像力(則ちギリアム監督の固執する"夢想の力")が介入する余地はありません。兄弟は眼前に差し出された、どちらも同じ位硬直して形骸化したシステムの、どちらかを選択することしか許されていないのです。これでは、例え神秘に身を任せ悪い魔女を打ち倒せたとしても、彼等に対する真の救済は訪れません。

本来のギリアム監督の目指す世界は、騙されて掴まされた"魔法の豆"が芽を出し雲を突き抜ける事が可能な世界でしょう。"魔法の豆"が只の豆である事を自ら認めてしまったジェイコブを前にして、監督は実は途方に暮れていたのでは無いでしょうか。カタルシスを放棄した主人公を、如何にして別種のカタルシスに導けば良いのかと。

結果的に『ブラザース・グリム』は、実に"順当な"ハリウッド製ファンタジー映画として完成します。魔法を"信じた"兄弟は魔法を打ち破り、無理解な合理主義者は自滅し、悪い魔法使いは悪い魔法使いであるが故に打ち倒される。お手軽な勧善懲悪を求める向きには充分及第点の活劇として差し出された映画のそこかしこから、しかし監督の「更にその先」に突き抜けようとし、思いとどまらざるを得なかった残滓が垣間見られるのが実に痛々しい。

塔の魔女はより邪悪で狡猾で、しかも充分同情に足る存在であり得たでしょうし、人狼と化した男はどこかに安息の地を見つけられたでしょうし、グリム兄弟は手製のトリックなどよりもずっと彼等に相応しい"武器"を以て怪異に立ち向かう事もできたでしょう。しかし、それは既に出来上がっていた『ブラザース・グリム』のアウトラインを根底から立て直す事を意味します。

たぶん前作の華々しい失敗(なにしろ完成すらしなかったのですから)により進退窮まったギリアム監督にとって、なによりも優先すべきは「ある程度の水準で映画を"完成させる事"」だった、というのは、さほど無茶な想像でもありません。そうした状況の彼が引き受けたのが、如何にも彼が特異なジャンルの、しかし彼には到底受け入れ難い主題を隠し持った物語だった、というのは、ある種悲劇的な事にも思えます。観客としての私達に出来る事は、そうした題材を引き受けざるを得なかったギリアム監督のもどかしさと逡巡を逐一映画から拾い出し、次作でそれらが解消される事を願う事だけなのかも知れません。

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