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March 17, 2006

『シリアナ』

首都のすぐ外に広がる広大な砂漠で、ナシール王子が経営アナリストを相手に発する言葉は「私の知らない事を話してくれ」。映画を見終えた後の私の気分が、まさにその台詞の通りになってしまいました。

S.ギャガン監督は脚本を手がけた『トラフィック』の時と同様、あるひとつの(社会に対しても個人に対しても圧倒的な力を及ぼす)事物を中心に、様々な形でそれに関わる人々を描き出します。両者の違いは、万人が悪と認める「麻薬」を中心においた『トラフィック』に対して、今回は誰もが大なり小なりその恩恵と影響の下にある「石油」に材を取っている事、そしてそれ故に、石油の富が及ぼす影響はより深く、より隠蔽され、それがもたらす不幸や悲劇には、救いも打開の道も示されません。

石油コングロマリットと合衆国政府のタッグを頂点としたヒエラルキーは、下層に向かうにつれ様々な軋みを露呈していきます。利権の為に文明化の道を阻まれ傀儡とならざるを得ない産油国、産油国を傀儡のままにしておく為に中東で消耗されていく現地の非合法工作員や、政策や経営判断次第で切り捨てられる末端従業員達、企業の内部でも不正を糊塗する為の取引や癒着は日常茶飯事。言うまでもなくそれらは"アメリカの外で"不平等と疎外を生み出し、ひいては暴力的な解決への引き金ともなっていきます。

ギャガン監督は、そうした利権と利害がもつれ合った巨大な毛糸玉を、ひとつの産油国とふたつの企業の話に収斂させて描く事で、解きほぐそうと試みます。とある聡明な指導者の、国を豊かにしようという試みが悉く裏目に出る一方、合併企業の汚点を暴こうとする行為や中東の平和維持への試みは、政争に阻まれて立ち消えになって行く。「武力解決」までを含む全てが、結局は企業の利潤とそれを頼みとする合衆国の国益の為に奉仕させられる、という図式が、主要人物それぞれの"決着"と共に再認識させられる、という趣向。

しかしそれは、丁度1年前に日本公開されたドキュメンタリー映画、『華氏911』によって、よりストレートに、そしてスリリングに暴かれていた事の焼き直しに過ぎません。中東を巡る争いの全てが実は「油田」を巡る争いに終止しているに過ぎない事は、今や周知の事実。その上で、そこからどのような"物語"を紡ぎ出すか、が、フィクションである『シリアナ』に期待された事であり、ドキュメンタリー映画にはなし得ない事であった筈です。

残念ながらギャガン監督は、事実を抽出し陳列してみせるだけで満足し、その先に進む意欲を見せてくれませんでした。物語として纏め上げる事で映画に安易さが紛れ込み、真摯なテーマが絵空事と化してしまう事を嫌ったのでしょうか。折角の"魅力的な位置に置かれた魅力的な人物達"は、当然起こるべき事態を経て、辿り着いて当然の帰結へと向かい、そこで唐突に映画は終わってしまいます。錯綜する人物と用語の洪水を潜り抜け、思いの他シンプルなプロットに辿り着いた観客にとってみれば、それは余りに肩すかしな結末なのでした。

もしかすると、本作が目指したのは「現状を踏まえた物語」ではなく、「現状」そのものを再提示する事だったのかもしれません。だとすれば、それはそれで酷く意気消沈させられる話です。

再提示が必要なのは、提示される側がそれを「忘れている」時、または「気にもかけない」時に限られます。つまりギャガン監督は、『シリアナ』の主要な客層であるアメリカ人達は、これだけ情報が行き渡り中東の欺瞞が明らかになった今に至って尚、その事を認めようとしない、と主張している事になるのです。

幾ら映画が大衆娯楽の代表であるからと言って、そこまで観客の知的レベルを低く見積もられるのは少々腹立たしい。そしてそれと同時に、「ひょっとしたらギャガン監督の見立ては正しいのではないか」と思えてしまう辺りが、そら恐ろしい気分を呼び起こします。

アメリカを含む先進国の殆どが、『シリアナ』の様な作品達が繰り返し言い立てる警鐘の全てに耳を塞ぎ続け、その結果として"繰り返し事実を指摘するだけの表現活動を強いられる"状況が起こっているとしたら、中東に止まらず、経済格差が生む世界中の諸問題は、解決の端緒にすらついていない、という事になります。予告編でしきりに煽り立てる"恐怖"は、実は映画の中ではなく、映画を取り巻く現状の方にあった、という事なのでしょうか。

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Comments

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