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August 19, 2006

『インサイド・マン』

メジャースタジオ、ユニバーサルのお馴染みのロゴに続いて始まる音楽は、インドはボリウッドの傑作ミュージカル『ディル・セ 心のままに』で印象的に使われた、A.ラフマーンの挿入曲。その曲に合わせて画面に登場するのが"A SPIKE LEE JOINT"なのですから、これから始まる映画が一体どのような方向に走り出すのか、皆目見当もつかなくなってしまいます。

始まってみれば、映画は意外に思える程オーソドックスなクライムサスペンス。NYダウンタウンのとある銀行に武装強盗が押し入り、警察と睨み合いになるまでの顛末が、実に淀み無く流れる様に描かれて行きます。

その後の展開も実に端正かつ正攻法。犯人グループのリーダーと窓際刑事との知恵比べや介入してくる弁護士とのやりとりも充分に知的で観客をしらけさせる事も無く、"inside man"というタイトル自体がミスリーディングだったと知らされる終盤の「解答編」まで、一級のサスペンス映画として良い意味で破綻無く完成しています。失礼ながら、オフビートで鳴らしたS.リー監督が、これほどサスペンス演出のセオリーを身につけているとは、正直思いませんでした。

久々に登場した正攻法のサスペンス映画、しかも『ダイ・ハード』以降数百本の映画でやり尽くしてしまったと思われた完全犯罪指向の映画が見られるのは、大変に嬉しい事ですが、しかしこの脚本で何故S.リーが呼ばれたのかが皆目判らない。単なる資金確保の為の雇われ仕事に呼ばれたとしても、そこで嬉々として「自分」を出してみせたのが過去のリー監督だった筈。

その答は、犯行グループの本当の狙いが何処にあるかが判明する中盤で提示されました。彼等が狙うのは大金庫に唸る現金の山ではなく、ただひとつの貸金庫の中身。そこには押し入った銀行グループの会長が持つ個人資産が保管されています。それはかつて会長が第二次大戦次にユダヤ系資産家を"売った"資金で身代を築いた事を示唆するものでした。

この時点で、この映画の悪役は銀行強盗から「戦争犯罪」へとすり替わります。リー監督はふたつの犯罪を比べ、はっきりと後者の方に重きを起き、前者に赦免を与えてしまうのです。

過去の作品では"マイノリティの主張"を唱える為には暴動すら容認し、マルコムXの半生をその過激さも含めて肯定して見せたリー監督にとって、それは首尾一貫した主張です。目の前の一過性の犯罪を追う以上に目を向けるべき「悪」があり、そうした「悪」が糾弾され裁かれる為には時には過剰な手段も肯定される、と彼は暗に主張しているのでしょう。

それはにわかには賛同しがたい主張ではありますが、リー監督はそれを受け入れさせる為に周到な手回しを怠りません。犯行グループは誰も殺さず銀行には直接の損害を与えず、会長は戦後60年の贖罪を経た今も金の力で保身を計る人物として描き出し、映画の主人公には「警察システムの中でスケープゴートにされかけている黒人刑事」を据えてみせる。銀行強盗が無事に解決され犯人が逮捕されても世の中は何も変わらない、と、映画はその端々で注釈を加え続けます。

同時に彼は、過去のみではなく現在水面下で進んでいる、もうひとつの社会悪にも目を向けます。解放された人質達は、S.リー作品の諸作に出て来た様に皆饒舌です。彼等は自分たちの境遇に不満を漏らし、そうした境遇をもたらした目の前の警官相手に、いちように苦情を申し立てます。

お馴染みの人種問題に関するアジテーションではありますが、その中に中東出身者の声が他よりも多くフィーチャーされている事に、観客は気付くべきでしょう。911同時多発テロ以降、中東系、特にイスラム教の信徒に対する風当たりは相当に強く、それは例えば『クラッシュ』で描かれた様なあからさまな敵意や蔑視と言った対応となって現れます。リー監督は中東からの移民達と「アメリカ社会」との水面下の対立を、かつてのヨーロッパにおけるユダヤ系コミューンになぞらえています。

人種間、イデオロギー間の対立は今や地域の問題を超え普遍的な「危機」の段階に達し、私達はその中で生活を送っている。銀行強盗達もその例外ではない、というのが、どうやらS.リー監督が本作『インサイド・マン』の脚本から起こしてみせた世界の構図の様です。その上で監督は、「危機」から脱する為には相手をひたすら知り、理解しようとする事だ、という主張に乗せて、本作の主人公、犯罪交渉チームのフレイジャー刑事を送り込んだものの様に思いました。

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Comments

It is no secret that many of activities have a form of this trope. Whilst The flip-side claims that art is supposed to enjoy and interpreted by each individual however not handled. Nevertheless, these sequels barely classify as RPGs.

Posted by: Darnell | March 26, 2014 10:36 PM

Recruitment usually occurred via a closed circuit of contacts. There are a number of arcade-style games which you'd desire to try. Now you could bring the arcade experience house with you.

Posted by: Jacquetta | March 27, 2014 10:06 PM

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