『インディ・ジョーンズ / クリスタル・スカルの王国』
インディアナ・ジョーンズの冒険に見出せる価値とは、リアリズムと懐疑主義が全盛の時代の中にあって、古き良き冒険活劇の醍醐味を現代に蘇らせる点にありました。そうした意味では、活劇がマーケットの主流となった現代において、敢えて老け込んだジョーンズ教授を持ち出す意味も特になく、結局はシリーズ最新作は旧作の同窓会以上の意味を持ち得る筈も無く・・・・・
・・・・等と考えながら開幕を待っていた私は、見事に裏切られる事になりました。そもそもシリーズ第一作、『レイダース 失われた聖櫃』が歓呼の声で迎えられたのは、単に死に絶えたジャンルを蘇らせたからではなく、その"蘇らせ方"が、現代の観客の鑑識眼に耐えうる、実に高いレベルで行われたからだ、という事を私はすっかり忘れていたのでした。
今回のジョーンズ教授の冒険譚は単なる旧作ファンへのリップサービスに終始するものではなく(そちらもふんだんに盛り込まれてはいるのですが)、デジタル時代の観客をもわくわくさせてくれる冒険と、異境と異世界を垣間見せてくれる醍醐味、そして何よりも、S.スピルバーグ監督による演出の魔術が頭から尻尾まで詰め込まれています。悪の枢軸が残忍なコミュニストに姿を変え、神の怒りよりも原子の炎の方を脅威と捉える時代に舞台を移しても尚、秘境の謎を解明しそれを悪漢から取り戻す冒険に、観客を引きずり込んでしまう手腕が健在なのは実に嬉しい。
スピルバーグ監督が『ロストワールド』で健全娯楽に背を向けたのは1997年。以降の彼は、その演出力を専ら"観客を動揺させる"方向に振り向けてきました。彼と撮影監督ヤヌス・カミンスキーのコラボレーションが始まった以降、明らかにスピルバーグ監督は「活劇」というジャンルを意識的に避けている様に見えました。
そのスピルバーグが、久々に"観客をノせる"、"観客を喜ばせる"事に全力を傾け、改めてハリウッド製娯楽映画の頂点に位置する存在である事を示したのが本作です。アイディア満載のアクションの連続と、合間に挟み込まれる独特のユーモア(時々失笑も混じるのが彼らしい所ですが)、複雑すぎないストーリーラインをハイテンションで追いつつ、これまでの作品と同様「観客が今まで見た事もなかったもの」を最後に披露して、活劇としては少々長い筈の2時間強があっという間に過ぎて行きました。
本作は、インディアナ・ジョーンズのシリーズというのは、その面白さの多くをスピルバーグ監督による演出技術によっていたのだ、という事を再確認させてくれる結果となりました。流石にH・フォードの挙動は重くなり、カーチェイスにもデジタル合成の占める割合は高くなりましたが、それらを意識させる以前に観客を物語に引き込んでしまう手腕は旧作同様。御贔屓の監督が未だ第一線にいる事を再確認させて貰えるのは嬉しい事です。
『インディ・ジョーンズ / クリスタル・スカルの王国』は、2008年の観客に向けた、最新かつ最良の技術と技能を注ぎ込んだ、「現代の優れた娯楽活劇」として登場してくれました。当時小学生だった私を映画の世界に引き込んだ『レイダース』同様に、本作もまた"本気で語られた冒険譚がどれだけ世界を豊穣にしてくれるか"を、2008年の少年少女に知らしめてくれる、格好の教本になるでしょう。
エンドクレジットを最後まで眺めていた人は、お馴染みのレイダース・マーチの旋律に、今まで聞いた事の無い第三のモチーフが絡み合っている事に気付いた事でしょう。最後の帽子の扱いといい、どうやらこのシリーズ、この後数本かけて新しいヒーローへの世代交代を目論んでいる様です。
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