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August 07, 2008

『ダークナイト』

折角のバットマンの続編の上に宿敵ジョーカー登場譚、それなのにタイトルに"Batman"の名を冠さずもう一人の名悪役トゥー・フェイス登場の情報も公開前は伏せたまま、蓋を開けてみればバットマンを含めた"ヒーロー"を徹底的に否定するという内容であるにも関わらず、アメリカ本国では興行収入を塗り替える大ヒット中というのですから、全くおかしな時代になった物です。

もっとも、その宣伝方針が如何に正しかったかは本編を観た後では得心がいくもの。下手にヒーロー対悪漢の対決をセールスポイントに、痛快な"アメコミの映画化"の様に売ってしまえば、如何に原作が陰鬱かつシニカルなバットマンであろうと、映画はその本来指向した観客層に届けられないまま終っていたでしょう。

前作のゴッサムシティを特徴付けていた、ウェインタワーに向かって放射状に走るモノレールの映像を一切排した事からも判る通り、今回のゴッサムシティは名前こそ違えど現代NYと寸分変わりません。それもマーベルコミックのヒーロー達が活躍する"舞台としてのNY"ではなく、2008年の我々が生きる、地続きのNY - 秩序と倫理が排除されたゴッサム以上にゴッサムらしいNY - として、私達の前に提示されます。

前作『バットマン・ビギンズ』で描かれたゴッサムシティは、如何に腐敗し堕落し切った都市として描かれようと、そこに「腐敗と堕落を維持する為の機能」はしっかりと機能していました。都市が都市として生息する為には自律するシステムである事が求められますが、前作のゴッサムシティは「悪徳と飽食が暴力を律し方向付けるシステム」としては完全に機能していた、と言えるでしょう。倫理と正義を異端の形で駆使するバットマンは、律する事の出来ない存在として、ゴッサムのシステムに風穴を開けてみせたのでした。

言わばバットマンは、統御されていたダムに穿たれた最初の亀裂の様なものでした。
最初に亀裂を生じせしめた者には彼なりの目的があり計画もあったのでしょうが、亀裂から吹き出した濁流がまたたく間に勢いを増し、清濁を問わず押し流して行くのは火を見るよりも明らかな事。統御できないが故のバットマンの力は、同様に「統御できない狂気」の呼び水となり、正義も倫理も功利も通用しないジョーカーの狂気がゴッサムを押し流して行く事になります。

それが本作『ダークナイト』の顛末であり、同時にそれは「全ての秩序が狂気に押し流された世界」 = 現代社会を寓意の元に描き出そうとしたC.ノーラン監督の狙いだったのでしょう。社会はすでに「異端と正統」で区分出来る世界にはなく、異端はさりげなく正統の座に居座る事もあれば、正統と目されていたものが諸々の異端の集積であったと暴き出される事もある。そしてそれは、正邪の観念を持たない誰かの"ほんの一押し"で簡単に転じてしまうものなのだ、と、映画の端々でノーラン監督は主張します。

バットマンとジョーカーは映画のそこかしこで立場をころころと入れ替えながら、実のところは同一の目的(というよりは同一の"破滅")へと向かって突き進んで行きます。バットマンは自らの思想の「理解者」を得る為に、ジョーカーは常に自身を異端の立場とし孤立を守る為に事を起こし、結局のところ二人の試みは(ハーヴェイ・デントの転落によって)同時に失敗する事になるのです。秩序を信じるバットマンは秩序の崩壊を目の当たりにし、世を混沌で覆う事を目指したジョーカーは「混沌の世界のヒエラルキー」の現出に直面する。それぞれに突出した異端であった二人は、狂気に支配されたゴッサムという「異端すら呑み込んでしまう」現実の前にそれぞれに力を失い、『ダークナイト』の物語は終了します。

言わば本作『ダークナイト』は、バットマンがバットマンではいられない現実を、観客である私達に突きつけるべく作られた映画、とも言えるでしょう。現代社会の混沌は、"異端"の存在をすら特異なものとは認めさせてくれない。そうした社会では異端者は他者を超越する何物も持ち得ず、すがるべき超越者を我々は何処にも見出せない。『ダークナイト』は"ヒーロー"が存在する事の不可能性を、この上無くロジカルに魅惑的に描き出した映画なのでした。

ヒーローの不在を前提として、なお理性と正義を現代社会に探すとすれば、それは社会に生きる我々個々の裡にしかありえない、とノーラン監督は、『ダークナイト』の端々で訴えかけます。たぶんこの映画の中で最も"英雄的"な存在は、バットマンでもデント検事でもゴードン市警本部長でもなく、恫喝によって起爆装置を奪い取る名も無き囚人の男でしょう。人々の心の中に理性と誠意が眠っている事を信じればこそ、その人々を守る意味も生まれ、守るべき騎士の存在にも意味が生まれます。・・・・同時にそれらを笑い飛ばす道化師の存在にも。

『ダークナイト』はヒーローとヴィランの関係を、彼等を懐に収め得る「世界」の前提無しには有り得ない、と、改めて観客である私達に申し立てます。そしてその「世界」を我々の生きる現代社会と寸分違わぬ世界として提示する事で、逆説的に主張してみせたと言えるでしょう。「世界にはヒーローもヴィランも無数に存在し得る」と。そこに魅惑を感じるか無常を感じるかは、観客それぞれが自らの中の"狂気"と"理性"を感じ取れるか否かにかかっている様に思われます。

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Comments

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