『炎628』
「戦争が醜悪なのは真実が醜悪だからであって、戦争そのものは実に真摯だ。」グスタフ・ハスフォードによる『フルメタル・ジャケット』原作中の印象的な一文です。人はしばしば物事の責任をその場の事象に転嫁し、事象を呼び込んだ自身を断罪から遠ざけようとするものですが、そうした責任転嫁の集積こそが事物の"真実"の在り処であり、それを醜悪にしているのは我々なのだ、とハスフォードは言おうとしていた様に感じます。
エレム・クリモフ監督は『炎628』でその醜悪さを突き詰めて見せました。主題はあくまで大括りの「戦争」でありながら、それを描くにあたって戦争の具体的描写である「殺戮」を執拗なまでに描き切り、目撃者として「安易な気持ちで義勇軍に参加した英雄気取りの少年」という紋切り型を用意しながら、その少年フリョーラの抱く恐怖・嫌悪・絶望を抉り出す事に集中する。少年は自分が招いた膨大な死者を眼前に突きつけられ、その償いをする事すら叶わぬままに、更なる膨大な死と対峙する事を強いられます。
その時少年の眼を通して我々が目撃するのは、冷血な悪鬼でもなく凶悪な狂人でもなく、あくまで「人の感情を備えた人間達」が行う殺戮の姿。哄笑と興奮の中で虐殺に加担するSS部隊員も、後に彼らを血祭りにあげるパルチザン兵達にも、映画は等しく「彼らをその様な者に追い込んだ経緯」を私達に想起させようとします。
条件が整い然るべき手段を手にすれば、人は幾らでも残酷になり他者を踏みつけにできるものであり、踏みつけられる者達もまた、それに迎合し追従する理由には事欠かない。強者弱者の力関係と「大義」という名の条件付けの前には、人同士の慈しみは何の力も持ちえない。それが醜悪な真実なるものであり、確かに本作で描かれる「戦争」は、その真実を真摯に遂行するメカニズムでしかありません。
真摯かつ精緻なメカニズムが人々の営みを根こそぎ破壊する過程を執拗に描き切り、観客である私達が今まで観て来た事象を「終わった悪夢」としてそれぞれに片付けようとし始めた所で、映画は駄目押しの様な最期の一筆を用意します。戦争映画においては、または当時ドイツの敵国であった全ての国の人々にとっては「転嫁されるべき責任の行き着く先」ともいえるヒトラーの肖像。怒りにかられたフリョーラ少年は彼が全ての元凶だとばかりに、幾度も肖像画に銃弾を打ち込み続けます。まるでそうする事で全てが元通りになり、これまで観て来た悲劇が無かった事になるとでも言うかの様に。
銃声が響く度にインサートされる逆回転のニュースフィルム。崩壊したベルリンは再生し、東部戦線に進軍するドイツ兵は後ろ向きに行進し、第三帝国の重鎮達はこれまた後ろ向きに飛行機のタラップを昇って機内に消えミュンヘン党大会から遠ざかる。第三帝国の誕生を時間は更に遡り、狂乱のワイマール共和国時代と第一次大戦の塹壕をも逆回しで駆け抜け、若返って行くヒトラーをフリョーラは尚も撃ち続けます。
遡るだけ遡った時間の果てにおいて、そしてそこですらも歴史上のひとつの「取り立てて特異でも何でもない一時点でしかない」と気付かされたその場所で、始めて醜悪さを取り払われた「真実」にフリョーラと私達は対面します。映画に始めて登場した時のフリョーラと奇妙に似通った写真の顔、劇中最も純真かつ祝福されるべき存在であったフリョーラの双子の妹達と良く似た笑顔を持ったその顔を前にして、「そこに醜悪さを付加する条件と手段を手にした」我々は何をして来たか。私はここで、写真から無邪気に笑いかける赤子の最期の日々を描いた別の映画を思い出していました。矢張りモンスターはモンスターとして生まれるのではなく、モンスターに仕立て上げられるものなのだ。他ならぬ我々自身の手によって。
フリョーラは真実の醜悪さを直視した上で真摯なメカニズムの体現者となる事を引き受け、パルチザンの群の中の一人、大括りの「戦争」の構成要素のひとつとしてウクライナの森の中に消えて行きます。本作の原題"来りて見よ"を果たし、見た結果それをどう評価しどう後の世に活かすかを我々に引き渡した上で。旧ソ連のプロパガンダとして作られ、パルチザンの活躍と第三帝国の残虐さを印象付ける筈だった映画は、そうした思惑を飛び越えて、体制の如何を問わず観客一人一人に「醜悪な真実」と向き合う機会を提示して終わりました。事象に対する容赦の無さ、手加減の無さによってそれが為されたという作り手の姿勢そのものに、私は覚束ない希望の様なものがあるのでは、と思えます。
本作が制作されたのは1985年。公開はその7年後との事。四半世紀を経て見返す今の時代からは、本作がS.スピルバーグがその後監督した二本の映画に如何に影響を与えたかが見てとれて興味深く思います。ハトィニ村のドイツ兵達とゲットー解体のドイツ兵達は同じ高揚を同じ形で描写されていなかったか。フリョーラの最後の銃撃はアパム伍長の最後の銃撃と、ウクライナ徴用兵とスチームボート・ウィリーの懇願は同じ効果と意味を観客にもたらしたのではないだろうか。それを私は剽窃ではなく、プロパガンダを超えた先にあるものを届けようとしたクリモフ監督の意思が、海の向こうのハリウッドに届いた所作の様に感じられ、事実の如何とは関係なく少し嬉しい気分にもなったのでした。

Comments
僕が観たのが88年ですから、公開が7年も遅れていたのではなさそうですが、それはともかく、上映情報をお届けした甲斐がありました。とても読み応えのあるレビューで、大いに共鳴しました。
<強者弱者の力関係と「大義」という名の条件付けの前には、人同士の慈しみは何の力も持ちえない。それが醜悪な真実>
このことをここまで圧倒的な力で描いた作品を僕は他に知らず、観終えた後は、極度の脱力感と疲労感で消沈してしまった記憶があります。
僕が『プライヴェート・ライアン』を観ても、日誌も綴らずに来ているのは、もしかすると本作を観ていたからかもしれませんね。
ところで、olddogさんが思い出されたとの「写真から無邪気に笑いかける赤子の最期の日々を描いた別の映画」というのは、何なんでしょうか。何かあったような気がして僕にも思い出せそうな感じがしながら、悶々としているので、教えてください(笑)。
Posted by: 間借り人ヤマ | July 02, 2011 at 11:49 PM
ヤマさん、こんにちは。コメント有り難う御座います。
完成3年後にはご覧になっているとすると、公開を差し止めていたのはソ連国内だけなのかも知れませんね。
ヤマさんも御感想( http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/1988/11.htm )で特筆されていた部分、虐殺を経た後の印象的なモンタージュシークェンスの有無が、本作と『プライベート・ライアン』の印象を分けた様に思います。ほぼ同じ主題を同じ語り口で描きつつも、どこかスピルバーグの方には英霊達に対する遠慮があり、最後の駄目押しを差し控えた気配がある。そこを踏み越えたからこそ『炎628』があれ程の印象と力を持ち得たのであり、プロパガンダ映画にも拘らず映画が普遍性を獲得し得たものかと思います。
お訪ねの作品は2004年の『ヒトラー最期の12日間』です。あの作品も、ヒトラーという一人の怪物を執拗に描写し続けながら、最終的にはその怪物を作り出した諸々に帰結します。怪物の生涯を数分足らずで俯瞰して見せた本作と、それは好対照でありながら、私はそこに奇妙な相似を感じたのでした。
Posted by: olddog | July 04, 2011 at 08:01 AM
あ、そーか「写真から無邪気に笑いかける赤子の最期の日々を描いた別の映画」なのだから、「写真から無邪気に笑いかける赤子=ヒットラー」なら、自ずと「ヒットラーの最期の日々を描いた別の映画」すなわち『ヒトラー最期の12日間』となりますよね。愚問でした、お恥ずかしい(笑)。
確かに、あの作品は、ヒットラーの本当にどうしようもない御粗末さを描き出すなかで、「最終的にはその怪物を作り出した諸々に」観る側が思いを至らさずにはいられない作りをしていましたね。ヒットラーは、いつから、どこから、ヒットラーになったのかってことですよね。
拙日誌のリンク共々、ご回答、どうもありがとうございました。
Posted by: 間借り人ヤマ | July 04, 2011 at 06:25 PM